Chapter 05

経営者としての苦悩

起業から20年経った現在、当初2名だった同志は34名に増えて、リザーブリンク(前身:ビットリンク)は事業としてもとても安定した会社に成長しました。「これまでの人生で後悔したことはない。」と仰る山本さんですが、一から会社を立ち上げ、ご自身だけでなく社員の生活まで支える責任がある経営者ならではの大変さ、葛藤のようなものがきっとあったのではないでしょうか。ここでは起業してから現在までの20年間で、特に苦労されたことなど、負の側面について伺いました。

苦悩のタネはいつも人間

「なぜか仕事がとれない時期が長く続いたり下請けの立場だからと悔しい思いをしたこともあったけど、やっぱり人間にまつわる問題に尽きるね。お金にはさほど執着がないので、たくさんあっても足りなくても心を奪われることは無かったと思う。他と比べたり好戦的な性格ではないので、ライバル経営者とか競合他社とかにキリキリすることも無かったし。創業メンバーと袂を分かつことになった時は苦しかったな。業績自体は順調だったけど方向性の違いってやつだね。2人だけならうまくできたかもしれないけど当時は経営側で対等な立場に3人いたから難しかった。(山本談)」



2015.03
はじまりは破壊から


「社内で影響力をもつ社員の思わぬ反逆もあったね。原因は、損得でも善悪でもなく「違い」だったと思う。小さなチームは社風マッチや理念共感が大事であることをあらためて感じたよ。攻撃はされたけど反撃はしなかった。その社員も、自分にとっては思いをこめて採用した社員のひとりであることは他の社員と違いはなかったからね。でもこれは会社にとっては年単位で成長を鈍化させるような大きなダメージだった。社内の人間関係での混乱は何の学びも無くマイナスでしかないからね。これは100%経営者の責任。(山本談)」

社員の反逆なんて全くピンとこないほど今のリザーブリンクは穏やかな雰囲気なので、このエピソードには少し驚きでした。また、今でこそスタッフの希望や熱量に応じたポジションチェンジが可能ですが、この環境が出来上がるまでには、山本さんやスタッフのみなさんのたくさんの葛藤や苦労があったのだなと改めて感じました。


2015.11
ゼロベース


「スタッフの採用は丁寧に、慎重にしていたつもりだけど、やっぱりミスマッチも多かった。開業当初は会社にも自分にも余裕がなくて、大企業のように配置転換して給料を払い続けるというようなことができなかった。そのスタッフだけでなくて教育を任せたスタッフにも負担をかけることになってしまったね。入るときは性善説でも出るときは性悪説で攻撃されたことも何度か経験した。人を採用するということは相手の人生に触れることだからね。こっちも真剣だけど相手も生活や人生がかかってるから真剣なのは当然だよね。(山本談)」

急ぎすぎた失敗

リザーブリンクができてまもなく会社が成長フェーズに入ったとみた山本さんは、外部から業界の有名人を顧問に招いたり、他社で実績を積んだその道のベテランを採用したりと、会社の成長を一気に加速させようとした時期がありました。結果的にこれらの施策は社内の成長速度や社風にマッチせず、社内の分裂を招く結果にもなったりと、加速どころか停滞や減速をしてしまった反省があります。この経験からこの会社の次世代のリーダーは外部のプロを呼ぶことでなく、古参のメンバーが時間をかけて成長し、馴染み、その結果リーダーになっていく形の方がしっくりくる会社なのだと、改めて認識されたそうです。


2012.05
会社に負けない、会社を追い越す、会社を創る


またその頃のスローガンには「会社に負けない、会社を追い越す、会社を創る」というものがありました。リザーブリンクを作ったのは山本さんご本人ですが、会社が急に成長し始めた結果、代表である自分自身の成長が追いつかず置いていかれている・・という感覚に襲われた時期があったそうです。その焦りから出た失敗でもあったのかな・・とのことでした。

事故の経験から社員の力を実感

「ビットリンク時代の受託システムに不具合があり情報漏洩してしまったことがあった。それまでにもシステムの不具合でお客様に叱られたり、物販サイトでは公開を止めた時間の営業損失の経験等あったけど、顧客との信頼関係ができており大ごとに発展することはなかった。でもその案件では1つの不具合からの影響範囲が大きくて、メディアにも取り上げられたりと大ごとになってしまった。

ビジネス上は必要の無いクレーム対応の代行業務をお詫びの意から受け、対応可能な社員総出で対応してもらったんだけど、普段は受けない類いのクレーム電話に次々疲弊していく社員をみて本当に申し訳なく思った。会社として大きな損害賠償が発生する可能性があり動揺したし、その対策に追われてかなり参ったね。急な事態に責任者としてしっかりしたリーダーシップを発揮できたとは今でも思えない。頼りない社長の代わりに自分から機動的に動いてくれたり、気遣って声を掛けてくれる社員には普段見ない一面を見たし、本当に助けられたもんだよ。メンバーの頼もしさと自分の力不足を痛感した一件だったな(山本談)」

健康診断の数値が過去最悪に

東京オフィス開設告知葉書

現在のリザーブリンクの主力製品であるChoiceRESERVEができたのは2008年頃。1章でもお伝えしましたが、当時は約2年の間にChoiceシリーズとして4製品をリリース、2009年1月に東京オフィス開設、展示会への出展、ビジネスイベントでの受賞、積極採用の時期には週10人以上の採用面接をこなすなど、社長としての忙しさがピークに達していました。もともと身体の健康には自信のある山本さんでしたが、あまりの忙しさに身体がこたえたのか、健康診断の結果はその前後で一気に悪くなっていたようです。

当時を振り返る部下からは、いつも顔色悪く目の充血が目立っていたとの証言も。。資金問題やトラブルなど明確な原因はなかったとのことですが、気づかない間にストレスやプレッシャーが溜まっていたのかある日突然に精神状態が不安定になったりと、これまでになかった症状を体感していたのもこの頃だったようです。身体も心も変調をきたしていたことは確かだったようですね。

「仕事にうつつを抜かすな」と言われて

仕事がピークに忙しかった頃と同時期に、山本さんが今後の働き方や生き方を考えるきっかけになった出来事がありました。月曜の朝浜松で全社MTGを終えて東京へ移動し、そこから2週間ぶっつづけで仕事し金曜日の最終新幹線で浜松に帰るというパターンだったそうで、東京駅のホームに立ってはじめて家族の顔が目に浮かぶというような状態だったとのこと。その時「ここはずっと居る場所ではない。仕事はめちゃめちゃ面白いけどいつまでもこの状態を続けていてはいけない。」という感覚が芽生えたそうです。

このころ仕事に没頭している山本さんを見た当時の仲間から「おまえは仕事にうつつを抜かしている」という言葉を投げつけられ、ハッと気づくこともあったそうです。「何のために働くのか」は、誰でも1度は考える哲学的な難題だと思います。

「自分のために働く人は弱い。自分がもういいやと満足したら終わりだから。誰かのために働くといえる人は強い。その人にとっての誰かはずっと続くものだから。」


インタビューの中での印象深い言葉のひとつとなりました。

仕事離れがきっかけで鬱のように

ようやく忙しい時期を乗り越えた2014年、山本さんは引退を考え始めました。会社を離れると決めた手前、現場からはいっきに手を引き、口を出したくなるところも我慢し、次の幹部候補に運営を任せて少し離れた場所から見守ることに徹していたようです。自分で決断したことながら自分の居場所が急になくなり、そこからしばらくは鬱病になりそうなくらいもどかしい時期が続いたそうです。

「それまでは責任100%で権限も100%だったけど、責任を残したまま権限をカットしたからバランスが崩れたんだろうね。その違和感からか、精神も身体も気持ち悪い時期がしばらく続いてた。病は気からだから実際に体にも影響でるんだよね(山本談)」


今となっては貴重な経験だったと、当時の苦しい時期を回顧されていました。「これまでにもうつが原因で退職に至った社員もいたけど、当時より今の方が相手の心境が理解できる。この経験が先にあればもう少し寄り添ってあげられたのかもしれない、、」と振り返られています。お話によると、山本さんのまわりの経営者さんで精神疾患の経験がある方は多いそうですが、その経験がある経営者の方が寧ろ信用できる、とも仰っています。業績順調に見える会社でも経営者の身辺は良いことだけではないのだなと、別の一面を見たように感じました。

「この会社がうまくいかないわけがない」という自信と楽観

ここで挙げたような失敗事例や苦労話は他にもたくさんあったはずですが、そんな失敗や落ち込みのたびに山本さんは、「こんなに能力も利他心もあるメンバーが集まってじっくり丁寧に製品をつくり、こんなに相手の側にたち誠意をもってお客様と接しているこの会社がうまくいかないわけがないだろ!この会社がうまくいかないならどこがうまくいくのか?」と本気で思っていたそうです。楽観主義者の山本さんならではのプラス思考と、自分の会社に対する自信が垣間見えますね。

努力している時間は長いけどそれが日の目をみて表に出るのは一瞬の時間だけ。長い長い準備期間は一瞬の喜びのためにあるわけだから、毎日うまくいかないことが多くても当たり前だと思うこと。

2018.05
準備しておく